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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)3704号 判決 1966年7月16日

原告 国

訴訟代理人 伴喬之輔

被告 南海交通株式会社

主文

一、被告会社および被告山崎は原告に対し、各自、二、二三六、二二〇円およびこれに対する昭和三七年三月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告会社および被告山崎の連帯負担とする。

四、この判決一項は、かりに執行することができる。

事実

一、本訴申立

「被告会社および被告山崎は原告に対し、各自、二、二四一、八四九円およびこれに対する昭和三七年三月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、争いのない事実

被告会社はタクシー運送業を営む会社であり、被告山崎は同会社に運転手として雇傭され右営業に従事していたものであるが、昭和三六年一〇月三一日午後一〇時三五分ごろ、被告山崎は被告会社所有の普通乗用自動車(大五を三八一二号)に客の上月国義を左助手席に他の三名を後部座席に乗車させて運転し、大阪市西成区西萩町四七番地先国道一六号線を時速約四〇キロメートルで北進中、道路上を東側から西側に横断していた歩行者を発見し衝突を避けんとして急拠ハンドルを左に切つたため、西側歩道のコンクリート電柱に衝突し、その自動車事故により乗客の上月国義はその場でまもなく死亡した。

三、争点

(1)  原告の主張

(イ)  被告山崎の過失

被告山崎は当時運転者として当然遵守すべき前方注視義務を怠つたため、前記歩行者の存在に気づかず進行し、すでにセンターラインをこえていた歩行者に約六メートルに接近して初めて気づき、衝突を避けんとして急拠ハンドルを左に切つたが、狼狽のあまりこれを深く切り過ぎたため、歩行者との衝突はかろうじて避けえたものの、そのまま斜め左に暴走し、西側歩道のコンクリート電柱に正面衝突したものである。

(ロ)  被告会社および被告山崎の責任

被告会社は自己のために事故車を運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法三条により、被告山崎は民法七〇九条によりいずれも上月国義の死亡により生じた損害を賠償すべき義務がある。

(ハ)  上月国義(当時川崎製鉄株式会社勤務)の死亡により生じた損害

A 本人の得べかりし利益の喪失額 一二、二四〇、二一〇円(算定根拠は別紙のとおり)

B 妻上月笑子の損害 埋葬費 一六〇、〇〇〇円

(ニ)  上月笑子の取得した損害賠償請求権

(ハ)Aの損害賠償請求権は、上月国義の妻笑子、嫡出子一郎、幸子、恵子の四名が法定相続分により相続したので、上月笑子はその三分一のにあたる四、〇八〇、〇七〇円、および(ハ)Bの埋葬費一六〇、〇〇〇円、合計四、二四〇、〇七〇円の損害賠償請求権を取得した。

(ホ)  原告による損害賠償請求権の取得

A 上月国義は川崎製鉄株式会社本社(神戸市葺合区脇浜町三丁目二〇三五番地)第五営業課鋳鍛鋼係長をしていたが、事故当日第五営業課長の命を受け、同課職員塩谷栄三郎とともに大阪製鎖造機株式会社貝塚工場へ出張した。この出張の目的は、従来からの顧客たる大阪製鎖からあらたにアンカーを受注するにつきその技術的打合せ、価格納期等の協議ならびに同会社購買課長の接待をなすことであつた。

上月国義および塩谷栄三郎は、それぞれ午前中に神戸を出発し、途中川崎製鉄株式会社の問屋である亀田鋼業株式会社の関係者および川崎製鉄知多工場和田瑩堂などと落ち合つて午後三時ごろ前記貝塚工場に到着した。

右工場において大阪製鎖平尾購買課長らと前記目的の打合せをなし、さらに工場の見学をした後、右川崎製鉄関係者は午後六時ごろから羽衣荘において、打合せの継続および接待の目的を兼ねて平尾購買課長とともに食事をした。

午後一〇時ごろ、食事ならびに打合せを終了し、被告会社高石営業所からタクシーを呼び、平尾購買課長送り届けのため上月国義、塩谷栄三郎らが同乗し羽衣荘を出発したが、その途中本件事故に遭遇したのである、したがつて、本件事故は上月国義が川崎製鉄株式会社の用務遂行のため自動車を利用していた折りのでき事であるから、業務上の災害に該当する。

B 川崎製鉄株式会社の営む事業は労働者災害補償保険法三条一項に該当するので、原告と同会社間には、本件事故当時同法所定の保険関係が成立していた。

そこで原告は、同法の各規定にもとづき、受給権者前記上月笑子の請求により同人に対し昭和三七年三月二七日遺族補償として二、五八六、六五〇円(平均賃金二、五八六円六五銭の一、〇〇〇日分)、葬祭補償として一五五、一九九円(平均賃金六〇日分)、合計二、七四一、八四九円を給付したので、上月笑子の被告会社および被告山崎に対する前記損害賠償請求権を右給付額を限度として取得した。

C その後原告は、千代田火災海上保険会社より自動車損害賠償保償法による保険金五〇〇、〇〇〇円の支払いを受けた。

(ヘ)  遅延損害金

原告が前記請求権を最得した日の翌日たる昭和三七年三月二八日から支払いずみまで民法の定める年五分の割合による損害金。

(2)  被告会社の主張

被告山崎に運転上の過失なく、被告会社に自動車損害賠償保障法三条による賠償責任はない。

(3)  被告山崎の主張

被告山崎は前方約一五メートルの地点に対向車の後ろから現われた歩行者を発見し、その動行に十分注意して進行したが、当然立ち止まるものと思つていた歩行者が無謀にも自車の進路上にでてきたのでとつさの判断で接触を避けるためにハンドルを左に切りすぐ右に切りなおしたが、車体が思うようにもとに戻らず電柱に衝突したのであつて、運転者として最善の努力を尽くしたもので過失はない。

四、証拠<省略>

理由

(争点に対する判断)

一、被告山崎の運転上の過失

<証拠省略>によれば、被告山崎は北行車道第二区分帯を進行中十分に前方を注視していなかつたため、当時進路前方を東側から西側に横断していた歩行者に気づかず、その歩行者がすでにセンターラインをこえ第一区分帯に進出しているのを右斜め前方約六メートルの至近距離に至つて初めて発見し、急拠ハンドルを左に切り歩行者との接触を避けたが、その際狼狽のあまりハンドルを深く切り過ぎたため、再びこれを右に切り返すいとまもなくそのまま斜め左に暴走し西側歩道のコンクリート電柱に自動車左前部を衝突させたことが認められる。

二、被告会社および被告山崎の責任

原告主張(ロ)のとおり。

三、上月国義の死亡により生じた損害

(1)  本人の得べかりし利益の喪失額 八、二五一、二二三円

A 生年月日 大正五年一月一日生(甲一三号証)

B 余命年数 二七・〇一年(昭和三六年簡易生命表)

C 就労可能年数 一一〇月(甲一七号証の一、二および証人潮海善彦の証言により五五才定年と認める)

D 一ケ月の平均収入 一一八、一二九円(証人潮海善彦の証言、同証言により成立を認める甲一六号証の一ないし三原告主張の計算方法なお交通費は除いた)

E 一ケ月の平均支出 二六、八四八円(甲一三号証、原告主張の消費単位指数)

F 一ケ月の平均純利益額九一、二八一円(DマイナスE)

G 得べかりし利益の現価額八、二五一、二二三円

(91,281円×90.39365657 = 約8,251,223円)

(利率5/12%期数一一〇として一ケ月ごとの単利年金現価率を用いて算定)

(2)  妻上月笑子の損害 葬祭関係費合計 一四九、五七〇円

A  寿司代 五、五八〇円(甲一四号証の一、二、四)

B  魚代 二、五〇〇円(同号証の三)

C  さし身代 一、五〇〇円(同号証五、七)

D  手伝人用タオル等 八〇五円(同号証の六)

E  昆布等食料品 一、〇一二円(同号証の八、九)

F  灯明料 三一〇円(同号証の一〇)

G  雨天用テント借料 九、四〇〇円(同号証の一一)

H  現光寺払い 二〇、〇〇〇円(同号証の一二)

I  葬儀料 七六、六〇〇円(同号証の一三、一四)

右各証書は証人上月笑子の証言により成立を認め、これらの書証と同証言により右各金額を認定した。

J  その他雑費 三一、八六三円(証人上月笑子の証言)

四、上月笑子の取得した損害賠償請求権

三(1) の損害賠償請求権は上月国義の妻笑子、嫡出子、一郎、幸子、恵子の四名が法定相続分により相続したので(甲一三号証)上月笑子はその三分の一にあたる二、七五〇、四〇七円および三(2) の葬祭関係費一四九、五七○円、合計二、八九九、九七七円の損害賠償請求権を取得した。

五、原告による損害賠償請求権の取得

(1)  業務上の災害

<証拠省略>によれば、上月国義は川崎製鉄株式会社本社第五営業課係長の地位にあつたが、事故当日、同課職員塩谷栄三郁とともに、大阪製鎖造機株式会社貝塚工場に出張を命ぜられたこと、この出張の目的は同会社より受注したアンカーの製作技術上の打合せならびに価格納期についての協議をすることになつていたこと、上月国義らは当日午後三時ごろより午後五時三〇分ごろまで前記工場において主に技術的な打合せを行ない、なお価格、納期について交渉するため大阪製鎖造機株式会社本社資材課長平尾正雄を羽衣荘に招き、午後一〇時ごろまで商談を行なつたこと、商談終了後平尾課長を本件自動車で自宅まで送る途中事故に遭遇したことが認められる。

とすれば、上月国義は前記出張の目的を達するため本件目動車を利用していたと認めるのが相当であり、その途中における事故は業務上の災害に該当する。

(2)  原告による保険給付

川崎製鉄株式会社の営む事業が労働者災害補償保険法三条一項に該当し、その事業が本件事故前に開始されていたことは公知の事実であるから、原告と同会社間には、本件事故当時同法所定の保険関係が成立していたことは疑いなく、<証拠省略>によれば、原告主張(ホ)Bのとおり、原告は昭和三七年三月二七日上月笑子に対し、遺族補償費二、五八六、六五〇円および葬祭料一五五、一九九円を給付したことが認められる。

(3)  原告による損害賠償請求権の取得限度

(イ) 原告が上月笑子に給付した遺族補償費については、その額が上月笑子の相続した前記得べかりし利益の喪失による損害額より一六三、七五七円少ないので問題はないが、葬祭料については、その額が同女の支出した前記葬祭関係費の額を五、六二九円こえている。このように現実に生じた葬祭関係費をこえる葬祭料を給付した場合に、原告において葬祭関係費とは別個の右得べかりし利益の喪失による損害の賠償請求権を右超過額の限度で取得すると解すべきか問題である。おもうに労働者災害補償保険法二〇条一項は、同条二項と相まつて、被災労働者またはその遺族もしくは葬祭を行なう者に二重に損害の填補を得させることの不合理をなくするために設けられた規定であるから、そのような不合理を生じない場合には適用がないと解すべきである。ところで葬祭料は葬祭を行なう者につき直接生じた(もしくは生ずべき)損害を填補するに過ぎないものであつて、被災労働者の労働能力の喪失に対する填補としての性質を有しないから、受給権者が現実に生じた葬祭関係費をこえる葬祭料の給付を受けながら、第三者に対して有する右労働能力の喪失に対する填補としての性質を持つ得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を右超過給付額と無関係に行使しても、二重に損害の填補を得ることにはならないと解するのが相当である。とすれば、原告は葬祭料の超過給付をなしても、前記二〇条一項により、上月笑子の有する得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権をその超過額の限度で取得することはできないといわなければならない。

(ロ) よつて原告が前記保険給付をなしたことにより取得した損害請求権の額はつぎのとおりになる。

A 上月笑子が相続した得べかりし利益の喪失による損害のうち

二、五八六、六五〇円

B 上月笑子が支出した葬祭関係費

一四九、五七〇円

合計 二、七三六、二二〇円

六 結論

原告が右請求権取得後自動車損害賠償保障法による保険金五〇〇、〇〇〇円を受領し、これを右請求権に充当したことは原告の自認するところであるから、結局、被告会社および被告山崎は原告に対し、各自(不真正連帯)、二、二三六、二二〇円およびこれに対する昭和三七年三月二八日(右請求権取得の翌日)から支払いずみまで民法の定める年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷水央)

別紙<省略>

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